- 全2回 コラム -
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化学・食品製造業におけるRD-DXの進め方
第1回 「With AI」で生産性を高める
はじめに
製造業におけるDXはこれまでの営業や生産現場、本社スタッフの生産性向上に留まらず、より上流の研究開発・製品設計にまで展開されようとしています。これらの取り組みを本稿ではRD-DXと呼称します。
RD-DXは業務の生産性を高めることはもとより、これまでの日本の製造業で課題となっている、ベテラン技術者の引退と中間層の空洞化による技術承継の問題や、開発・設計ノウハウの属人化といった諸々の問題の解決の糸口になる可能性を秘めています。一方で、ある意味聖域化しているRD領域では、DXといってもどこから手を付ければよいのかがわからず、推進が困難となる状況が散見されます。
そこで、本コラムでは、RD部門において長年のコンサルティング経験を持ち、DX支援においても経験豊富な現役コンサルタントから、特に化学・食品製造業におけるRD-DXの取り組みに着目し、第1回では、活動推進のポイントやキーテクノロジーであるAIの使いどころについて解説します。第2回では、社内の業務高度化に留まらず、RD部門の本来のミッションである、顧客に対して付加価値を創造する際のRD-DXの推進ポイントについて述べていきます。
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株式会社日本能率協会コンサルティング シニア・コンサルタント
R&Dコンサルティング事業本部 技術・開発戦略ユニット 技術部長高橋 儀光 氏
1.化学・食品製造業の開発現場に見られる課題
これまで多くの化学・食品メーカーのRD部門のコンサルティング支援の経験則から、開発現場の課題として特に大きいものが、新製品開発においては配合条件の決定、量産スケールアップにおいては配合条件の決定、量産スケールアップにおいては設備条件決めのために、多くのトライ&エラーが必要になるという点です。近年、技術はますます高度化・複雑化が進み、条件決めのパラメーターは増加する一方で、一回のトライ&エラーにかかる労力・費用は指数関数的に増加しています。
これによって、市場・顧客からはさらなる短納期・高品質が要求されるなかで、開発期間は伸びてしまい、失敗コストも増大するという経営課題が顕在化しています。これらの課題に対して、従来のように社内技術者のプロジェクト管理能力の向上や固有技術の教育研修といった、対策のみでは、技術者自体の数が自然減しているなかでどうしても限界があります。
そこで、「人」のみに頼るのではなく、デジタル技術の力を利用して、これらの経営課題に対処する、RD-DX導入の必然性が高まっているのです。
2.まずどこから手を付けていくべきか
RD-DXの推進ポイントとして、社内業務高度化による工場利益確保の「守りのDX」と、新商品・サービスによる付加価値創造の「攻めのDX」を切り分けて考えることが大切です。
RD部門のミッションは新製品開発による顧客への新価値創造です。RD-DXというと、この新価値創造においてデジタル技術を活用することが最終的な目標となりますが、これまで多くの企業でDX戦略立案のコンサルティング支援をさせていただいた経験から、いきなり新価値創造、すなわち「攻めのDX」に挑戦することは失敗リスクが高く、得策とは言えません。
特に化学・食品製造業においては、RD部門のデジタル化がまだ進んでいないケースが多く、例えば様々な配合条件のトライ&エラーの結果の実験ノートも、開発者個人の手書きのメモでしか残されておらず、デジタルデータとして整理されているのは定期的な開発進捗報告や技術発表会で使用される、「実験が上手くいったときのチャンピオンデータのみ」であることもあります。失敗した実験結果こそが社内で共有すべき貴重な情報ですが、実態としてはこれらの情報は社内のナレッジデータベースとしては整理されておらず、新製品開発のたびに、過去に社内の別の誰かがやったことのある、同じような実験を繰り返すことが起こっています。ですが、新製品開発の効率化のために、社内ノウハウを一元管理できるように、まずは実験ノート、紙のデータをデジタル化しようと掛け声をかけたところで、開発納期に追われている現場はなかなか動いてはくれません。デジタル化の恩恵は、今取り掛かっている自分の目先の業務ではなく、将来の誰かの開発テーマ推進時に与えられるものだからです。
そこで、まずは「守りのDX」から着手し、開発現場にとっても目に見える、わかりやすい成果を創出することからスタートすることがポイントになります。例えば、案件受注のためには、サンプルワークが必要になりますが、AI技術を活用して配合条件出しのあたりをつける。もしくは、量産スケールアップの際の設備条件をシミュレーションすることで、つくる前にわかることをできるだけ洗い出す等、今取り掛かっている業務に直接役に立つところから着手するのです。その結果として、これまで属人化してきたノウハウがデジタル化されていきます。
繰り返しとなりますが、多くの企業ではRD-DXでいきなり「攻めのDX」に挑戦し、デジタル化を推進しようとするがために、恩恵が将来になってしまうので、開発現場からは「忙しい」ことを理由に後回しにされてしまうのです。「守りのDX」で、目先業務の効率化をAIで処理するためにデジタルデータで入力する必要がありますので、「結果として開発現場のデジタル化が進んでいく」ことが肝心です。
3.「AIに置き換える」のではなく「with AI」の発想へ
RD-DXのキーテクノロジーとして重要なものがAIです。
新製品サンプルの配合条件や量産スケールアップの設備条件出しも、AI技術を活用することで効率化が可能です。ただし、AIといっても現在の科学水準では限界があり、これまで人がやってきた開発業務を「置き換える」ことは不可能です。DX推進の際の落とし穴として、AI技術に過剰な期待をしてしまい失敗するケースが多いです。
AIはご存じのように日本語に翻訳すると「人工知能」となります。この日本語訳の「知能」という言葉が、AIが誤解されてしまう要因になっています。と言いますのも、AIは「知能」があるかのように「振る舞うことができる」だけであって、実際は人間と同じような「知能」を持ち合わせてはいません。例えば、Chat GPTやSiriに「女優の誰々さんと自分は結婚できそうか?」と問いかけると流暢な日本語で返信がきます。人間は流暢に返信されると、相手は知能が高いと錯覚しますが、Chat GPTやSiriは「結婚」という概念をそもそも理解していません。膨大な会話のパターン学習から、気の利いたワードを超高速で分類・整理して提示しているだけなのです。
AIは世の中の様々な概念を一切理解していませんが、それでも実用上は気の利いた返信ができれば問題ありません。この割り切った考え方のことを、ライトウェイト・オントロジーと呼びます。現在広く普及している様々なAIは、このライトウェイト・オントロジーのAIです。
現在の科学水準では、AIは「知能があるかのように疑似的に振る舞うことができる」レベルであり、本当の知能が必要とされる人の業務を「完全に置き換える」ことはできません。
そこで、重要な考え方が、「with AI」で一人の人が何倍もの生産性をあげることを考えることです。
膨大なデータを、文句も言わずにひたすら愚直に分類・整理することは人間には不得手ですが、AIはこうした作業は大得意です。先ほどの配合条件や設備条件のあたりをつける等といった、人がやると膨大な時間がかかり、ヒューマンエラーも起きやすい作業はAIに任せて、その浮いた時間で人は、顧客の課題に対する仮説構築や、技術的なトレードオフ問題への発想を転換したアプローチの検討など、真の知的作業に注力する、「with AI」の考え方が重要になります。
執筆者プロフィール
株式会社日本能率協会コンサルティング シニア・コンサルタント
R&Dコンサルティング事業本部 技術・開発戦略ユニット 技術部長
高橋 儀光(たかはし のりみつ) 氏
経歴
- 2001年 東京理科大学工学部経営工学科卒業
- 2001年 株式会社日本テレコム入社
- 2006年 株式会社日本能率協会コンサルティング入社
新規事業テーマ探索~事業化実践を専門とし、エレクトロニクス・半導体・情報通信・素材・製薬・食品まで、幅広い業種において、新規事業開発でキャッシュインまで多くの実績を持つ。会社のコアコンピタンス・固有技術にまで深く踏み込んだリサーチを行い、固有解を出すことをポリシーとしている。近年はデジタル技術活用によるビジネスモデル変革、収益構造の抜本改革・DX戦略立案などのコンサルに注力。また、日本の大きな社会課題である事業承継にも取り組み、保有技術のバリュエーション手法の開発にも力を注いでいる。
【主な著書・論文等】
- 第65 回 全国能率大会論文「異分野からの技術的発想の導入による新価値創造マネジメント」経済産業大臣賞受賞論文(2014年3月)
- 日経SYTSEMS「技術者も必見! ビジネス立ち上げの成功法則」(2016年3月・日経BP)
- 「新事業開発成功シナリオ」(2018年6月・同文館出版)
- 「研究開発テーマの事業性評価と資源配分の決め方」(共著 2019年8月・技術情報協会)
- 「未来予測による研究テーマ創出の仕方」(共著 2021年10月・技術情報協会)
- 「技術の事業化」(共著 2021年8月・日本能率協会コンサルティング)
他寄稿多数
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