前回は、経営が期待する食品製造におけるITへの期待についてみてきました。今回は、経営が期待するITに必要な機能と、現場の期待とのギャップについて確認していきましょう。
 前回、デジタル化にむけた「デジタイゼーション」「デジタライゼーション」「スマート化」という5段階ステップを紹介しました。直近のアクションとして、この5段階を意識して、DXの基盤整備として現場を巻き込んだ様々な情報のデジタル化は重要な課題です。一方、こうしたデジタル化が進んだ先に経営が期待する機能としては意思決定の支援があります。様々なテーマであっても意思決定の支援に役立つ情報が活用できること、これが経営への貢献として重要です。

 現在は不確実性が増しているVUCA(ブーカ)の時代、と言われています。(図1)
 変動する事業環境に対して適切に対応していくことの重要性を示す言葉であり、それに応じたマネジメントが求められています。外的な、特に予測が難しい劇的な変化に対する複数のシナリオを持つ必要性が重要ということで、ビッグデータやAIといったテクノロジーの活用という文脈で語られることが増えてきています。しかしながら、製造業一般において、高い生産性を実現するためには、計画製造数に対する製造実績の誤差を最小化することが重要であり、そのためには「いかに計画を早い段階で固めるか」が引き続き管理すべきポイントとなります。
 しかし、食品製造業の特性として、週や月といった単位での計画的な生産が難しいということがあります。加えて、天候や前日のメディア影響などで1日単位での需要変動が発生するため、現場の判断、経験と勘で製造数を調整することが一般的です。いわば、食品製造業は一足先にスモールレベルのVUCAの時代を生きているとも言え、変動性をしっかりと把握して意思決定に活用する機能が求められていると言えます。


図1:不確実性の時代を示すVUCAとは


 不確実な状況の中、経営者が行うマネジメントにも変化が起きています。以前は、マネジメントサイクルといえばPDCA(Plan-Do-Check-Action)でしたが、最近はOODA(ウーダ)サイクルというマネジメントサイクルが注目を集めています。
 OODAサイクルとは、実態をしっかりと観察(Observation)し、対応の方向性を検討し(Orient)、対応・対策を決定(Decide)し、行動(Act)していくサイクルを指します。最初から計画を立案し、その円滑な遂行を実践していくPDCAサイクルとは一見異なるように見えますが、実は連動した運用を行うことで、不確実な状況へ意思決定を支援するマネジメントとなります。
 このOODAサイクルにIT活用を取り込んでいく考え方として、図2に示すような「内の情報」と「外の情報」を活用することがポイントとなります。「内の情報」とは、観察の対象となる実態のある
データのことであり、これらは前回のコラムでご紹介した、実績データとなります。現場作業者から得られる言語データ(日報や業務報告書)だけでなく、タイムリーに収集された原材料、人、設備といった生産要素にまつわる情報をもとに、「観察」し、過去の自社の実績データから算出される傾向やバラツキの範囲といった参照すべき分析データをもとに「方向性」を検討していくことを指します。
 「外の情報」は、自社以外のベンチマークやリファレンス、そして守るべき法令やレギュレーションといった情報であり、それらを活用して意思決定、まさにDecideを行っていくことになります。意思決定の結果を踏まえて、それらを踏まえた計画に反映させ、PDCAサイクルのレベルアップに通用するという複合的なマネジメントサイクルが、今経営が必要としているものと考えられます。

     
図2:意思決定に役立つマネジメントサイクル(OODAサイクルとPDCAサイクル)



 経営に、ものづくりの実績データが必要な理由が不確実性・変動への対応ということがご理解いただけたと思います。しかし、現場を巻き込んだIT化推進の際に、現場からよく聞く意見としては以下のようなものが多いのではないでしょうか。

  • レガシーシステムの挙動と内容を新しいシステムにそのまま移行してほしい
  • データ入力、出力の負荷を低減してほしい
  • データや指図の確認、出力を紙から電子デバイス(タブレットやスマホ、工場内のデジタルサイネージなど)にしてほしい
  • 今の業務で集計・分析・表示が大変な作業を自動化するなど楽にしてほしい

 現場の巻き込みは重要ですが、先に現場とIT導入の方向性について議論をし始めると、上記のような検討が立ち上がり、実績収集のために新規データや、現状よりきめ細かな実績データの収集は検討の優先順位が低下してしまいがちです。
 経営の意思決定に役立つIT構築のためには、OODAサイクルの起点となる観察対象としての実データを如何に収集するか、が重要となります。図3では収集すべき情報のイメージを提示しています。人・設備・モノ、そしてラインにおいて収集すべき情報は多岐にわたります。実ラインのなかで収集できていない情報を収集し、デジタルで活用できる状態にすること、これが経営に役立つITのスタートラインとなるのです。

図3:製造現場での「内の情報」の具体例


 本コラムでは食品製造業における、経営者の意思決定に貢献するITの考え方を、不確実性に対応していくためのマネジメントサイクル、という観点から整理してみました。

  • 経営において、OODAサイクルといった意思決定のマネジメントサイクルの重要性が増してきている。
  • 不確実性への対応としては、最初の観察対象となるデータの質と量を確保することが重要である。
  • 観察対象となるデータの確保を進めるためには、これまでの現場起点のIT要件設定ではなく、実績データすべてを対象に、デジタル化すべきデータを具体化し、収集すべきである。

以上がサマリーとなります。
 第3回では、これまで見てきたように、経営が期待するテーマとマネジメントサイクルを踏まえ、実践的なIT活用、導入の進め方についてお話していきたいと思います。


  執筆者プロフィール

島崎 里史(しまざき さとし)氏  E-mail : satoshi_shimazaki@jmac.co.jp

株式会社日本能率協会コンサルティング シニア・コンサルタント生産コンサルティング事業本部 プロセス・デザイン革新センター

【経歴】  
2003年3月  東京都立大学 理学研究科 修了
2007年12月 日本能率協会コンサルティング(JMAC)入社
2013年4月  チーフ・コンサルタント
2021年4月  シニア・コンサルタント

製造業を中心に、主に品質改善および生産性向上のコンサルティングを実施している。品質・原価の同時実現を競争力の源泉とする改革実現にむけた改善推進が得意。食品製造業での経験を活かし、フードチェーン全体の改革の必要性を感じ、農業から食品製造、流通小売におけるコンサルティングを推進中。農林水産省の食品製造業におけるイノベーション事業の責任者を複数年経験。

主なテーマは、食品製造業における生産システム・工程改善、品質管理強化、品質保証の仕組みづくりなど経営改革、生産性向上、作業効率化、収益改善、人材育成、研修などを中心に、コンサルティングを展開中。

【主な著書・論文等】

  • JMA 生産マイスター(品質軸) 1・2級執筆、スクーリンクテキスト編集
  • JMA 通信教育テキスト(QC改善コース) 執筆
  • JMA研修 品質保証セミナー、IE基礎テクニックコースなど
  • 「開発プランニング 5Steps開発のフロントローディングに向けた仕掛け」(研究開発リーダー)


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附則

2024年4月1日 改定

以上

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