食品製造におけるIT・ロボットなどの活用が進んでいるニュースを聞く機会が増えました。検査の自動化で画像識別+AIでの取り組みはもはや目新しいものではなく、外食産業でもいわゆる「駅ナカ」の蕎麦ゆで作業など、省スペースで高温多湿な環境の悪い職場での作業をロボットに任せる事例も出てきており、本格的な展開期に差し掛かっていると言えます。

一方、食品製造業全般におけるここ1・2年のITへの投資状況に目を向けると、コロナ禍では他業種に比べ業績影響がそこまでひどいものではなかった割に、ITへの投資が進まなかったという状況(図1)です。 また、投資が最も多かったのは設備投資で全体の43%、IT関連への投資は2%にとどまりました※1。ただし、設備投資は生産設備の老朽化への対応が中心で、投資規模も拡大もあまり進んでいない、というのが実態です。


図1:業種細分類別 業績影響とIT投資


労働集約で低い生産性が課題とされている食品製造業でこのような状況がなぜ起きるのでしょうか?一つの仮説として、ITの導入・推進が経営課題として本格的に取り扱われていないことが考えられます。

本コラムでは、食品製造業におけるITの課題を、経営課題として認識し、投資を加速させるための勘所とその強化ポイントについて解説します。第1回では、ITが解決すべき経営課題とは何か、そしてITを武器として実装してくために必要な基盤として何が必要か、について述べたいと思います。

*1:平成29年度食品産業企業設備投資動向調査 農林水産省より


まず、率直に商品製造における経営上の見直しが迫られる問題を理解しましょう。多くの企業で働き方改革、経理、人事管理など決済や業務プロセスの見直し、商品・サービスの提供方法の変革の順で優先度の高い問題として取り上げられています。*2

特に働き方改革の比率が特に高いのは、やや流行りの要素があるかと思いますが、労働人口の減少に伴い労働集約的な職場において働きやすい職場を作ることは加速すべき事項です。では働き方改革を実際に現場で進めるには何の問題を解決すればよいのでしょうか?まさに、この問いに答えることが、IT推進を加速させるために必要なことになります。

一方で、食にまつわる市場および事業環境の急激な変化をうけて、経営・事業としての改革必要性がある話題も様々あります。例えば以下のようなテーマがあります。

・サプライチェーン上のデジタル化への対応
(具体的にはトレーサビリティ(前工程への遡及と後工程への追求の両面)を自社内だけでなく流通・小売まで含めて実現)

・社内システム(基幹システム、生産管理システム、品質管理など周辺システム…)のシステムメンテナンス費用の適正化

・収集データの活用、経営システムとの連携強化

・発生事後対応から事前・予防措置に向かうためのリスク情報基盤の構築

・原料・原産地管理や表示品質の担保  など

こうしたIT的、機能的なテーマをいかに経営的な観点を取り込んで、課題として設定し、経営の課題解決に役立つ取り組みであることをしっかりと語れるようにすることが重要です。

*2:企業IT動向調査報告書 2021 一般社団法人 日本情報システム・ユーザー協会


図2:市場環境や経営課題を取り込んだIT推進テーマ設定の例(真ん中がIT推進テーマのイメージ)



これでITの取り組みの位置づけを経営陣が理解し、ある作業者、ある現場にとってだけ役に立つシステムやソフトウェアではなく、経営に貢献する取り組みであることを訴えることができました。しかしその後の推進において、経営陣が聞きたくない3つのワードがあります。それは以下の通りです。

・「アナログ作業が残っているせいで進みません」

・「データ収集に手間がかかって進みません」

・「データはあるが活用されていません」

こうしたことが起きないようにするためには、広く社内で活用・連携が可能なIT基盤をつくることが重要です。特に、現在はDX(デジタルトランスフォーメーション)を進めるために、すべての業務や情報をデジタル化する動きが活発になっています。まずはアナログを取り残さないためのデジタルに変換し、活用するレベル感を図3にて示します。


図3:デジタル活用のレベル感

図における

・Lv1・2:デジタルデータを取り扱うことが当たり前となる「デジタイゼーション」
・Lv3前後:デジタルデータを業務に活用できる状態とする「デジタライゼーション」
・Lv4・5:データを活用し、今までの判断やアクションをより早める、人で行える処理能力・処理量を超えるようにしていく「スマート化」

このような発想でITシステムにおいて、どのレベル感を想定するか、を考えることで、構築している間に現場に情報基盤としてのどんなリテラシーを埋め込んでいくべきか、を考えることができます。加えて、運用設計として、以下の3つの要素を考慮することで手間のかかり具合を低減します。

・日常的:作業の流れを妨げず、作業とあわせてデータが収集できるようにする
・低負荷:作業者のデータ収集の工数・意識(集中が妨げられるようなものにしない)を最小化する
・高精度:収集できる情報から、必要な情報のレベルにする(例:終業時に作業者が記入した記録→時間帯別のリアルデータ)

また、活用場面を具体化する際に以下の3つの要素を考慮することで、活用されないという状況を回避します。

・確認:実績として収集すべき情報がそろっているか、を誰がいつどのように確認するのか
・分析:収集した情報をどのように四則演算、見える化してどんな意思決定に役立てるのか
・フィードバック:業務におけるデータの活用で得られた気づきを、どうやって他の業務担当者へわかりやすく伝達するか

システムを円滑に導入し、その成果を現場が最大限活用できるようにするために、上記のことに考慮しながら進めていることを、経営陣にアピールしていくことが重要です。



本コラムでは食品製造業における食品におけるITへの経営層の期待、聞きたくないことにどのように対応したらよいか、について述べてきました。

・経営課題の解決に寄与するテーマ設定・言葉遣いをすること

・アナログからデジタル化への3ステップ(デジタイズ、デジタイゼーション、スマート化)を考慮し、運用設計(日常的、低負荷、高精度な情報収集)、活用場面の具体化(確認、分析、フィードバック)を検討すること

以上がサマリーとなります。
第2回では、こうした構想をもって取り組みを進めても発生してしまう「ITへの現場の期待と経営の期待とのギャップ」について探っていくことにします。


 執筆者プロフィール

島崎 里史(しまざき さとし)氏  E-mail : satoshi_shimazaki@jmac.co.jp

株式会社日本能率協会コンサルティング シニア・コンサルタント生産コンサルティング事業本部 プロセス・デザイン革新センター

【経歴】  
2003年3月  東京都立大学 理学研究科 修了
2007年12月 日本能率協会コンサルティング(JMAC)入社
2013年4月  チーフ・コンサルタント
2021年4月  シニア・コンサルタント

製造業を中心に、主に品質改善および生産性向上のコンサルティングを実施している。品質・原価の同時実現を競争力の源泉とする改革実現にむけた改善推進が得意。食品製造業での経験を活かし、フードチェーン全体の改革の必要性を感じ、農業から食品製造、流通小売におけるコンサルティングを推進中。農林水産省の食品製造業におけるイノベーション事業の責任者を複数年経験。

主なテーマは、食品製造業における生産システム・工程改善、品質管理強化、品質保証の仕組みづくりなど経営改革、生産性向上、作業効率化、収益改善、人材育成、研修などを中心に、コンサルティングを展開中。

【主な著書・論文等】
・JMA 生産マイスター(品質軸) 1・2級執筆、スクーリングテキスト編集
・JMA 通信教育テキスト(QC改善コース) 執筆
・JMA研修  品質保証セミナー、IE基礎テクニックコースなど
・「開発プランニング 5Steps開発のフロントローディングに向けた仕掛け」(研究開発リーダー)



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附則

2024年4月1日 改定

以上

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